〒210-0824 川崎市川崎区日ノ出2-16-1/TEL: 044(288)3888
E-mail: contact@elfosta.or.jp
私たちは「まちづくりとしてのスポーツ」という新たなステージに立ち、人々の生活に溶け込み、地域を活性化させるツールとして、スポーツの価値を見出していきます。
4月17日(日)に川崎市フラッグフットボール小学生交流大会と大学アメリカンフットボールを中心とした「川崎シリーズ」の初戦「川崎フェスタ」が川崎球場で開催されました。
主催した川崎市アメリカンフットボール協会の平野恭雄理事長は「最後まで開催するかどうか悩んだが開催に踏み切った」と話していた。会場の川崎球場側からは、なるべくナイター照明を使いたくないとの要望があった。というのも、別の競技団体が等々力競技場で照明を入れたところ、早速近隣地域から苦情が入ったからだ。当時はまだ計画停電が行われていたという事情もあったが、なるべく夕方の電力ピーク時に節電をするという配慮をしないと、スポーツも市民や地域コミュニティの理解が得られない。ほとんどの競技施設は公営であり、やはり自治体として地域に節電を勧める以上、貸す側にも借りる側にも協力が必要である。
まだ寒さの残る朝9時に小学生のフラッグフットボール大会が始まった。3月中は子どものフラッグフットボールの大会もほとんど中止され、子どもたちがフィールドを縦横無尽に走り回る姿を見て何かホッとした。地震という災害は小学生の心の中にも傷が残っているはず。一瞬でもいいから何かに打ち込んで不安や心の傷を忘れさせてやりたい。大会を統括した日本フラッグフットボール協会(JFFO)の関係者は「やっぱりやってよかった」と語っていた。
お昼にフラッグフットボールの試合が終わり、大学生の試合の準備が始まると、会場にあわただしさが走る。対戦する4校の他にもたくさんの学校のマネージャーが視察に訪れ、大会本部に顔を出す。
「東京農大さんグランドや部室は大丈夫でしたか?」「横浜国大さんは大丈夫ですか?」など、自然と声を掛け合う。例年はお互いがどんな仕上がりをしてくるのか無口なことが多かったが、今年はお互いの被害を思いやり「グランドがダメなら一緒にやりませんか?」なんて話も飛び交っていた。つくづく日本人の礼儀正しさが若い人たちにも浸透していることを感じた。
部室の物が倒れたり、ヒビが入ったりした学校もあるという。土日は広域避難場所に指定されているため、学校に入ることすらままならないケースもあるという。今年はベストな状態で試合に臨めるチームも少なくないが、心配なのは練習不足によってケガが増えることである。
自粛ムードが広がる中でも、私は学校などの教育の中でやるスポーツは、できればどんどんやって欲しいと思っていた。先に行われた選抜高校野球大会もそうだった。
ナイター照明をなるべく使わないようにと試合のスピードアップが求められ、アウト間のボール回し禁止やイニング間の交替を早める通達を出したおかげで、1試合あたりの平均試合時間が1時間58分と初めて2時間を切った。ただし淡泊な初球打ちも目立ったり、逆転を目指してじっくり攻める試合運びは残念ながら少なかったように感じた。
アメフトも攻撃次第では2時間を切るゲームもあるが、やはりじっくり攻めたいときは時間を使わないといけない。それもテンポの良さを求められながらやるのだから、この春は波に乗れているチームとそうでないチームに差が出てきそうだ。5月に入ると少しずつ日も伸びてくるし、その辺をこれから期待して見てみようと思う。
クラリーノ・ブランドで有名なランドセルメーカー「クラレ」が行った、今春小学校に入学する子どもと、その保護者を対象に実施した『将来、就きたい職業/就かせたい職業』アンケートで、男子のなりたい職業は「スポーツ選手」、女子は「パン・ケーキ・お菓子屋さん」が1位という結果になった。
男子の“なりたい職業”1位の「スポーツ選手」の内訳は1位「サッカー選手」(61.4%)、2位が「野球選手」(22.9%)。昨年行われたワールドカップの影響でサッカー人気が高まった結果になった。
震災の被害が、こうした子供たちの夢に影響が出ないことを祈りつつ、被災された地域の方々が1日も早く普通の生活に戻れることを願ってやまない。
震災から1ケ月を迎えた4月12日、余震が再び活発化しました。
少し前、「自粛は不謹慎」という議題が 乙武洋匡さんのtwitter で発せられた
発言に少々行きすぎな点があって、謝ることは毎度のことではあるが
この人を見ると本当に「周囲からの愛情を感じて育てられた」ことが伝わってくる
案の定、「花見をやめるのは不謹慎」という発言は賛否両論分かれ、そして叩かれていた
世の中の流れが自粛方向に流れているのを彼としてはなんとか変えたかったのだ
批判を受ける覚悟ができているのは、本人も承知の上だ。
しばらくして、少しずつ世の中が乙武さんに理解を示しはじめた
個の力が世の中を動かす。今一番必要なことだと思う。
残念ながら私は「花見が不謹慎か否か」について、乙武さんとは少し違う考え方を持っている
花見をしたい人はやればいい。批判はあるかもしれないが甘んじて受けるべし。結果、経済が動くかもしれないことを考えると、個が世の中を動かすことになる。
花見をしたくない人は自粛すればいい。経済を動かすことはできないかもしれないが、花見をしない分で義援金は送ることができる。それで被災地の復興資金に充てられれば、経済を動かすことにもつながるかもしれない。
花見をする気分になれない人は決して「不謹慎」ではない。被災者に感情移入して娯楽ができないのは人間として当たり前。100万円しか持ってない人に200万円使えと言っているのと同じこと。
要するに、各個人の立場や考え方は違うがそれぞれを理解してやって欲しい。
あなたとは考え方は違う。でも席はともにしよう。(松下幸之助)
ふと、総合型地域スポーツクラブを立ち上げる会議に出席した時のことを思い出した。
行政が中心になって無理やり舵取りをしようとすると、いつまでも助成金や行政を頼るという気質が抜けない。そんな失敗例があり、準備から5年後に助成金を打ち切られ立ち上げが頓挫したという話を耳にしたことがある。
大切なのは個の力
明治という時代に夏目漱石が唱えた「個人主義」は、大きな組織の中で個の力を大切にすべきだという主張だった。
こういうことが今の時代のように自由に言いづらい時代に、あえて彼はそう言っていたのだ。
個人主義というのは「わがまま」とか「自分勝手」というイメージがあるが
漱石が言っていたのは「利他的個人主義」といって、言い換えれば「他人のことを考えた上で個の力で世の中を良くする道」だ。
しかし、現在の日本は「利己的個人主義」に近く、あの「買占め騒動」を見れば一目瞭然だ。
漱石は小説「吾輩は猫である」の最後に、主人公の中学校教師・苦沙味先生の言葉を通して次のようなことを言っている
「個人主義のいきつく先は自殺と離婚が増えること」
漱石が100年後の今の時代を見たらなんて思うだろうか。
乙武さんと漱石が似ているのはダイレクトに世の中を批判しない点にある
漱石は元々鴎外らと「自然主義」に所属していたが、世の中をダイレクトに批判せず、風刺することによって間接的に世の中を批判する「余裕派」に転じた。
乙武さんのつぶやきには、自虐的な発言も多く「たちあがれ日本で出馬?」という質問に「たちあがる足がない」とか平気でいう。でもこれは漱石のような「余裕派」の考えに通じている部分も多い
最初は乙武さんの意見に反対な点が多かった私ではあるが
いつの間にか「これをきっかけに物事を考え直してみては」というメッセージを感じるようになっていた。
今、スポーツは長引く震災の余波に開催か自粛かの声が両極端である。
開催派は「経済を動かそう」「元気を与えよう」という意見が多い
自粛派は「被災地を考えるとそのエネルギーを向こうに」「やっている場合なのか」という意見が多い
お互い考え方は違うがもう一度考え直してみよう
海の向こうに自分たちのことを思ってくれる人がいるというだけで被災者の心は温まる。
スポーツを通じて世界は繋がっていることを思うと、スポーツで何ができるかという議論がそこから始まるのである。
3月11日に宮城県沿岸沖で発生した東北関東大震災は、東日本で生活する人にとって大きな衝撃をもたらしました。毎日テレビで見る東北被災地の映像にショックを隠せない2週間。それを急性期と言うのならば、今は慢性期に入ってきた時期だと言えます。急性と慢性というと病気のイメージが強いと思いますが、強いて言うなれば「脊髄損傷」のそれに似ています。
阪神大震災が「局所骨折」だとすると、今回の震災は「大動脈瘤破裂」です。徐々に首都圏である心臓というポンプが動き出しましたが、計画停電の影響もあり、すみずみまで血液を送ることができません。末端の組織の再生にまでは至っていません。
その間、東京電力福島原子力発電所においても憂慮すべき大きな問題が発生していました。ネットの世界でも中学生アイドル 藤沢心さんのブログ がきっかけで、原発が悪なのか良いものなのかについてみんなが真剣に考えるようになりました。
私たちがどのような経験をしても、それを今後に活かさなければ意味がありません。私たちがこの時代に生まれた運命は、必ず意味があると思います。私は数年前に病に倒れました。これも必然性だと思います。その時に周囲のおかげで今を生きながらえ、人の優しさに気づくいいきっかけとなりました。だから、私の中で病気はすべて「悪」だとは考えていません。
今、あなたの人生の目的はなんですか?
私たちはスポーツを通じて地域・まちづくりや子どもの健全育成をしていく団体。団体としての目的は変わりありません。スポーツを通じて何かできないかということを常に考えています。総合型地域スポーツクラブはそのための絆であります。
もちろん個々にできることはたくさんあります。現段階では義援金を送ることなど…それはそれで行っています。
しかし、今はまだスポーツで何かをできる段階ではありません。すべてのことを自粛することが悪いとは言えませんが、あの被災地域の放置された瓦礫の山とその下で何千人という方がまだ発見されていないという現実。そして、避難所で必死に生活される方々を見ると、まだまだスポーツで被災地域を元気づけるという段階ではないと思います。
昨日、ようやくサッカーの日本代表対Jリーグ選抜のチャリティマッチが行われました。4月にようやくトップのスポーツが動き始めるとのことで、他のアマチュアスポーツも開催の準備に取りかかる方向のようです。
また、競技スポーツを再開することだけが被災地域の方に元気を送る手段ではありません。心に深い傷を負った子どもたちに、嫌なことを忘れて夢中でスポーツに打ち込んでもらうことも手段のひとつ。それこそ、まさにスポーツならではの力だと思います。
石原慎太郎氏のコメント「戦争の時はみんな自分を抑えこらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」 あの敗戦の経験があったからこそ、日本人には立ち上がろうとするイデオロギーが残っているんだと思います。
いろいろな考え方があり、それについて賛成したり批判したりするのは結構。批判されてもそれが本当なら直せばいいし、間違っていれば受け流せばいい。でも共通して言えるのは意見を言うだけでなくそれを実行すること。賛成派も反対派もそれぞれの側から日本の電気事情をどうすればいいのか考えられるはず。トンネルを両側から掘っていくようなものです。
スポーツを通じて笑顔を復活させること。そして人生捨てたもんじゃないなあと感じてもらえること。それは個人や特定のモノに対してではなく、アイデンティティに関わるすべてのものであると思います。
新年あけましておめでとうございます。本年も総合型地域スポーツクラブエルフォスタ川崎をどうぞよろしくお願いいたします。
「野球は2アウトから」という言葉があります。攻撃側の目線から言っていると思われがちですが、
実は「2アウトとったからといって気を緩めるなよ」という守備側の慢心を諫める言葉でもあります。
最後まであきらめない…
スポーツをしているとそういう言葉を必ず耳にします。
でも、一瞬ほっとしたり喜んだりした瞬間にドラマが起きるのもスポーツです。
これは海外サッカーでPKのシーン。このあと思いもしない展開になります。
誰もが止めたと思った瞬間、キーパーは誇らしげに手で胸を叩き観客にセレブレーションします。
しかし、ボールにバックスピンがかかっていて、転々とゴールの中へ…
いったいどれぐらいの確率でこんな回転が発生するのかは別として、弾いた瞬間キーパーがボールをかき出しに行ったとしても微妙なところなので、なかなか責めにくいところです。
ところでボールの回転と言えば、始まりはここからでした。
北京オリンピックのアジア2次予選でのシーンですが、本田圭祐選手の伝説はここから始まりました。
解説者の「こりゃキーパーかわいそうだわ」というのはいいのですが
「こりゃ~笑うわ」はちょっと言い過ぎかもしれませんね(笑)
それにしてもちょっと笑い過ぎです
平成22年10月16日(土)、川崎市立川中島中学校グランドで秋晴れの下、当クラブの傘下にあります社会人アメリカンフットボール「クラブオックス川崎AFC」の選手・スタッフによる「フラッグフットボール教室」が開催されました。この企画は川崎区で総合型地域スポーツクラブを立ち上げようと活動している「川中島総合型スポーツクラブ設立準備委員会」の皆様との共催となりました。
当日は近隣の川中島小学校と藤崎小学校の子どもたち約30名が参加しました。子どもたちの多くは「アメフトを見たことがある」「でもフラッグは授業で始めて1年ぐらい」とのこと。

フラッグフットボールはタックルの代わりに腰につけたフラッグを取るという、誰にでも安全に楽しめる新しいスポーツです。通常は5人1組でチームを作り、1つのボールを運ぶという陣取りゲームですが、プレーの前にみんなで作戦を立てるところがこのスポーツの面白いところ。川崎市の小学校では子どもたちの団体行動や協調性を育むものとして、数年前からフラッグフットボールを体育の授業で取り入れてきましたが、大人にはちょっと馴染みが薄いかもしれません。当日は見学に来られた近所の大人もフラッグフットボールがどんなスポーツか、一緒に体験していきました。
まずは、選手も子どもたちも全員でフィールドの中に入って「しっぽ取りゲーム」
30秒の制限時間に5本ものフラッグを取った子もいれば、全部取られてしまう子もいました。
次にボールを持って走る練習。ディフェンス役の選手をうまくかわしながら走る子どもたち。最初は体の大きな選手に戸惑って前に走れない子もいましたが、選手から「前に走らないと」とゲキが飛ぶと徐々にコツも掴み出し、中にはステップを使ってうまくディフェンスを振り切る子も出てきました。

その後、ディフェンスの人数を少しずつ増やしながら走り方を学んだ子どもたち。いよいよ2人組みになり、1人がブロックをし、もう1人が走るという練習です。ここからフットボールらしくなってきます。2人は作戦を立て「右に走るか」「左に走るか」あるいは「中央を突破するのか」を決めます。最初は選手が輪に入って、作戦を立てるコツを教えていましたが、しばらくすると地面に指で絵を書いて作戦を指示する子、口頭で相方に伝える子など…さまざまな方法で「コミュニケーション」をとっていました。
作戦が失敗してしまった子の中には「どうして失敗したんだろう」と選手に尋ねる子もいました。「作戦どおり動けなかった?」「相手のディフェンスがうまかった?」「自分たちの技術が足りなかったから?」と、たくさん質問が飛びました。そう、フラッグは一度の失敗を反省して次のプレーを考えるという、実に社会性のあるところが特徴です。

最後にミニゲームをやりました。今回参加したのは3・4年生が中心で、普段の体育ではランプレーが中心。パスをするにはまだ手が小さく、選手がデモンストレーションとしてパスプレーを披露しました。アスリートにとっても子どもたちと触れ合うことの大切さを学ぶいい機会だったと思います。
最近、子どもたちが「スポーツをやりたい」と言うと、スポーツ教室に通わせる親が増えています。スポーツ教室ではお金を支払ってコーチが技術指導するため、「教えなければ」という意識が、ついつい子どもたちの動きを画一的なものにしてしまいます。これでは子どもの発想力を奪ってしまい、想像力豊かな選手は育ちません。
「発想をどう促すか」というのが指導者にとって大切なわけで、もっと子どもたちに考えさせてスポーツ本来の持つ楽しさを理解してくれたらと思いました。スポーツは教わるものではなく楽しむものであり、「スポーツの与え方」も考え直してみてはいかがでしょうか。
みなさんこんにちは
総合型地域スポーツクラブ エルフォスタ川崎のオフィシャルサイトがオープンしました
このWebでは傘下のクラブ情報は元より
スポーツに関するさまざまな情報を発信していきたいと思っています
どうぞよろしくお願いいたします