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私たちは「まちづくりとしてのスポーツ」という新たなステージに立ち、人々の生活に溶け込み、地域を活性化させるツールとして、スポーツの価値を見出していきます。
1961年に制定され、これまで日本のスポーツ政策の根幹となっていた「スポーツ振興法」が50年ぶりに見直され、昨年6月に「スポーツ基本法」が成立しました。法律の施行は既に8月24日からスタートしています。どんな部分が変わっていくのかというと、この法律を元に策定される「国のスポーツ基本計画」を見てからでないとなんとも言えない状況です。法律が成立した日、多くのマスコミは「スポーツ庁設立へ第一歩」という論調で記事を掲載していましたが、条文では附則に「検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずる」と盛り込まれているに過ぎません。現在、スポーツは文部科学省、厚生労働省、経済産業省などに管轄が分かれており、スポーツ政策を統括する「スポーツ省」「スポーツ庁」が設置されることは、スポーツをする人にとって嬉しいことですが、現実はまだ先と言ったところでしょうか。各条文を読めば読むほど、あるいは読む人によって、様々な解釈がでてきそうな「スポーツ基本法」。「スポーツ振興法」との違いはどこにあるのでしょうか?
一番大きな点は「スポーツをする権利」が日本で初めて明文化された法律であることです。ヨーロッパでは1975年3月の「みんなのスポーツ憲章」で既に明文化されていました。改めて考えてみますと、スポーツをする権利は当たり前のものだと思っていました。スポーツ基本法ではすべての国民がスポーツをする権利と楽しむ権利があることを明確にし、国や自治体はそれを保証する責任を負うということです。ここに大きな特徴があります。
また「スポーツ基本法」成立以来、私たちの身の回りで用語の改定を感じた方もいるかと思います。「体育指導員」が「スポーツ推進委員」になり、「体育」という言葉の範囲が狭くなった感じがします。またスポーツに関し「振興」から「推進」へ言葉が置き変わっているものもあります。とは言え「スポーツの振興」や「体育」がまったくなくなってしまうわけでなく、その辺にこの新しい法律を読み解くヒントがあると思います。そこで「スポーツ基本法」を読み解く前に、まずは「スポーツ振興法」が成立した時代のことを考えてみることにしましょう。
「スポーツ振興法」が成立した1961年は、東京五輪を3年後に控え、日本は戦後から急激な近代化が求められていた時代であり、新幹線、空港、高速道路などのインフラが急ピッチに進められていました。
スポーツの世界でも競技施設が建設整備され、多くのメダルを獲得することで国力の高揚や国民の敗戦意識からの脱却につながるものとして、スポーツは大きな使命を負っていました。この流れは東京五輪、札幌冬季五輪へと続き、国内のスポーツは競技種目が主体となって牽引してきました。その中心的な存在となったのは、企業スポーツです。東京五輪で金メダルを獲得した女子バレーボールは選手全員が実業団所属。その後、バレーボール人口が増加し、全国婦人バレーとして、市民に身近なスポーツとして地域コミュニティに定着していきました。
一方で「バレーボールをする体育館を建てて欲しい」という国民の希望は、スポーツ権として日本国憲法で保障する当然の権利と言えました。つまり「スポーツ振興法」では、スポーツ施設の建設を国民が求めていくことが、スポーツの振興につながっていくとされていました。具体的には、競技団体が中心となって国や自治体に嘆願し、国民体育大会の開催等をきっかけに多くのスポーツ施設が地域に建てられました。「スポーツ振興法」はこのような時代背景のもとで、その役割を担ってきました。
時は流れて、バブル経済が崩壊して低成長期に入ると、実業団の運動部で廃部や解散が相次ぎました。そして、国民のスポーツへのニーズが「健康意識」へと変化していきました。スポーツ振興が「箱モノを建てること」や「多くのメダルを獲得すること」であることに、ギャップを感じるようになりました。その1990年代に生涯スポーツの重要が叫ばれるようになりました。その生涯スポーツは身近な生活地域である市区町村域で、生活圏、コミュニティごとの実情に即した計画的な整備が求められるようになってきます。また、健康の保持増進のためにライフステージごとにスポーツを楽しめる環境づくり、コミュニティの形成、生涯スポーツ社会の実現が課題となってきました。
1999年に文部科学省より発表された「スポーツ振興基本計画」は改定を重ね、国民の誰もが体力、年齢、技術、興味、目的に応じてスポーツを楽しむことのできる社会を実現することを政策目標に掲げました。その中に「総合型スポーツクラブ」という言葉が初めて登場し、「2010年までに全国各市区町村に少なくとも1つは総合型スポーツクラブを設立すること」が盛り込まれました。つまり、学校や企業依存の活動基盤から、地域住民主体の活動基盤への構造改革です。
総合型スポーツクラブとは、子どもから大人までの「多世代」、自分の好きな種目を選べる「多種目」、交流、健康、体力づくりやレベルに応じて参加するステージをもつ「多志向」という3つのコンセプトがあります。これまでのスポーツは、性別、年齢、種目が限定的であり、これらを乗り越えて地域住民自らが主体となって運営されるスポーツクラブです。
これらを踏まえたスポーツ政策が、やがて「スポーツ基本法」へとつながっていきます。次回は、この「スポーツ基本法」を具体的に読み解いていきましょう。
一見すると「スポーツと環境問題」は関係がないものと思われがちだが、実は密接な関係にある。傘下のアメリカンフットボールクラブ・クラブオックス川崎AFCは「チームマイナス6%運動」から引き続き「チャレンジ25運動」に加盟している。その意図として、スポーツ活動によって生じる無駄なゴミやエネルギー消費を総合的になんとかしたい考えからだ。
実際、1回の練習や試合後に出るゴミの量は半端ではない。テーピングだけでゴミ袋1つ、その他ペットボトルなどの生活ゴミを考慮するとかなりのゴミが生じる。安全面からスポーツ活動に必要なテーピングなので減量するのは困難だが、その量に唖然とするしかなかった。
しかし、選手やスタッフへの意識浸透への道のりは長かった。具体的に何をどうやったらいいのかという目標が割り出せないでいたからだ。そうこうしているうちにあることがきっかけとなり真剣に考えるようになった。それは数年前、グランドを借りていた東京都内のある地域の大学のキャンパスでの出来事。練習に自家用車で来ていた選手がアイドリング禁止の看板の前でエンジンをつけたまま着替えていたのを注意したことだった。東京都ではアイドリング禁止条例があり、公共施設やショッピングセンターの駐車場ではエンジンを切るように定めている。ついつい車内が暑くなりエアコンをつけたままにしてしまいがちだが、日本一の交通量を誇る東京都は排気ガスの量だけでも膨大になるからだ。その選手はなかなか納得しなかったが、最後は幹部が頭ごなしに説得した。
今春、震災影響による節電でナイターが中止となった。計画停電中のナイター設備使用は市民、地域コミュニティの理解が得られないとの理由だ。スポーツの感動は人々の心を癒してくれるものではあるが、それは行い次第ではどちらにも取られかねないデリケートな問題でもある。見渡してみると他の競技でも電気を止められると成り立っていかないスポーツが結構ある。それだけ私たちは電気に総合的に依存した生活をしてきたのだ。
今年から活動の拠点としている埼玉県内の大学キャンパスへは、車の台数を制限するようにしている。車で練習場所へ出かけ、車で帰宅するのは楽ではあるが、今回は選手の側からそういう話が持ち上がってきたことに、数年前とは違う感触を得た。監督やコーチが上から言うと、選手は環境の整った他のクラブへ行ってしまう。しかし、選手自らエコの視点に立たないとクラブの体質は変わらない。特にアメリカンフットボールクラブは1度の練習で30人以上が集まるので、全員が自家用車で来てしまうとかなりのCO2を排出することになる。結局、荷物運搬用のための最低限の車で乗り入れ、一旦荷物を置いたあと最寄りの駅まで選手やスタッフをピストン輸送することになった。また、東京ヴェルディユースでは、数年前から親が車で送り迎えをすることを禁止し、子どもたちに公共の乗り物を使って練習へ来るようにしているという。
認識をしなければならないのは、スポーツ活動には少なからずゴミが出ること。そして、それを少しでも減量しようという意識を持つことが大切である。
これはドイツの哲学者ヘーゲルの「法の哲学」 に出てくる有名な言葉です。
ミネルヴァとはギリシャ神話に出てくる知恵の女神で、フクロウはその使いと言われています。人々は毎日を生活する中で様々な経験を積み、夕暮れにはひと回り賢くなっている。その賢くなった「知恵」をフクロウに集めさせるのがミネルヴァの役目でした。つまりミネルヴァのフクロウとは、彼女が正義と考えるものを基準に集めさせ、「法」というものを作り出したというのです。フクロウが夜行性の生き物となった神話のルーツでもあります。


この言葉には他にも「あらゆる事象はその歴史が終わらなければ真実の姿を捉えられない」という意味があり、学問の負う宿命を表しています。学問が真理を見出すのは、その事象が歴史的な終焉を迎えたあとのことなのです。
よく実業団チームが廃部するときに「社会の中で一応の成果をあげることができた」というコメントを発表して最後を結びます。大記録を打ち立てたことを成果ととらえるか、続けていくことを成果ととらえるかは、そのチームやクラブの歴史が閉じてみないとわからないということです。でも「かつての栄光」というのは文字にすれば1行ぐらいにしかならないことを考えると、やはりどんな規模でも続けていくことの大切さを身に染みて感じます。
話を元に戻しますと、ヘーゲルには彼なりの「正義」という概念を「世の中はこうあるべき」と説いたため、後にマルクスやエンゲルスによって批判されることになります。つまり、彼の中でミネルヴァが集めていたのは「自分の気に入った正義」「都合のいい正義」だったということでしょう
さて、「正義」というのを子どもに教えるのって難しいと思いませんか?
世の中が複雑になればなるほど難しくなりつつあります。例えば戦争を起こす国や地域はどちらも正しいと思ってやっています。鯨を捕るのがいいのか悪いのかもお互いの価値観の違いから生じています。「法」がないもの、「慣習」とか「倫理」レベルになると特に「解釈の違い」によって話が平行線になってしまいます。
それらを教えるもののひとつに「スポーツ」は大変いい材料だと思いますし、スポーツクラブはその教育の格好の場ではないでしょうか。それはスポーツにはルールがあるからで、規則に違反すれば反則をとられます。「相手をだます」という行為は日常的にはいけない行為ですが、例えばフットボールのプレーの中には「フェイク」というのがあります。ボールを持ったふりをして走るフェイクというプレーは、ルールの中で許されたトリックプレーなのです。しかし、サッカーで手を使ってしまったり、フットボールでオフサイドをしてしまったり、野球で守備を妨害してしまったり…と規則の中で明文化されている反則はたくさんあります。
スポーツはそのルールの中で許された行為で勝負する、すなわち正しいことと正しくないことを理解する入門として教育的に価値があるものです。
今年、傘下のアメリカンフットボール部・クラブオックス川崎AFCが2部最下位となり、3部優勝の横浜ハーバースとの入替戦に臨みました。両チームの対戦はオールドファンには懐かしいカードであり、対戦前から協会の関係者とその話題で持ちきりでした。現在のXリーグが創設される以前、まだ実業団とクラブチームが分かれていた時代に同じクラブチームのリーグでしのぎを削っていました。

今回、3部を担当されている協会の方とお話しをする機会があり、競技の現状と今後について意見交換しました。
現在東日本では、1部である「Xリーグ」が12チーム、2部のX2が12チーム、そして3部のX3が7チームと、逆三角形の構造になっています。ここ数年で廃部や解散の憂き目にあっているのは、ほとんどが1部のクラブ。そのたびに下位リーグから昇格していく「玉突き」が起きたため、このような「いびつ」な構造になってしまいました。本来、底辺に行くほどクラブや競技者の数が増えていくピラミッド構造になっていないといけないのに、まるで日本の人口ピラミッドを見ているかのようです。
トップチームを維持していくには年間で最低でも数千万円がかかります。さらにグランドや設備や人件費、所属している選手が従業員の場合は給料も加味するとその規模は最大数億円を費やしている計算になります。不景気で負担の大きい運動部をリストラするのはやむをえない…そんな企業の台所事情もわかります。
X2では年間400~500万円の予算規模、X3では年間200~300万円の規模で活動しており、このままではトップとの差はますます広がるばかり。Xリーグがスタートした96年、その憲章に『下部のリーグはX(トップ)を目指す集団』というのが明記されているのに、現実は様変わりしています。
また、毎年議題に挙げられている試合会場の確保についても先行きに不透明観が出てきました。今年、3部の秋季リーグ戦では、数試合だけ企業グランドを借りるなどして対応していました。
さらに再来年には川崎球場が改修される予定で、工事にかかる1年間は他会場を確保しないといけないことに関係者は頭を悩ませています。当然、トップの試合から会場が割り振られていくので、下部に行けばいくほど会場の問題は深刻になっていきます。日本ではまだまだアメフトの試合ができる会場が少ないのも現実です。さらには日本プライベートフットボール協会(JPFF)も試合会場を求めて山梨や静岡を転戦しており、ここでも「玉突き」が起きています。
この日話題になったのが「X2と3で共同してできることはないか」といった内容。例えば、春のプレシーズンも19チームで交流試合となれば、多少経費も節減できるのでは…という案。現在、運営方法が別であり、それらを乗り越えたとしても問題はやはり予算の壁があり、年間運営費が100万円の差であってもクラブにとっては大きいことです。
2007年のワールドカップ開催以来、アメリカンフットボールに理解のある川崎市は「川崎球場でトップの試合を開催して、川崎をアメフットの街に」というスローガンを掲げており、今後もアメフトを活用した地域のまちづくりを推進していくようです。新しく改装された川崎球場が「アメフトの聖地」として生まれ変わることは大変喜ばしいことです。
その一方であまり注目を浴びることはないのですが、下部リーグの競技環境というのは本当に厳しいものです。以上、現場からの取材でした。